94 三城峠から大湫宗昌寺まで
2008 / 12 / 06 ( Sat ) (ダウンロード用地図は準備中)
![]() 三城峠から茶屋坂を下り、舗装道路にでて振り返ると恵那市が建てた中山道の碑が瑞浪市との境にある。ここで、碑に腰かけてまた一休み。お天気もよく、休んでいるとぽかぽかと気持ちがいい。 さて、ここから瑞浪市に入る。中山道は舗装道路とわかれ、左へ。このあたり、砂利道で歩き易く、排水溝は丸太造りでもったいないほど立派。 観音坂、灰くべ餅の出茶屋跡などを過ぎ、大久後立場跡に出るが、特に立場という表示もなく、先に進むと大久後の観音堂に出た。 ![]() トイレを借りたが、外から見るとうーーーん、どうしようかな、という感じだったが、中は清潔だった。 権現坂、鞍骨坂を上り、炭焼立場跡に出る。このあたり、立場と立場の間がとても近いが、緩やかとはいえ、峠が続くからだろうか。 更に五郎坂、樫ノ木坂を上ると権現山の一里塚に出る。巡礼水の坂を上って行くと、中山道の両側が中山道ゴルフ倶楽部になっている。 ゴルフコースに挟まれた中山道は両側が土手のようになっていて、見通しがきかず、木立で道も暗い。 ゴルフコースの通路とと交差するところで、中山道から外れて階段を上り、日当たりのよいところで昼食の御握りを食べた。 たぶん、ここはゴルフ場の施設の一部だろうなあ、と思いながら休んでいると、中山道歩きの男性が階段を上ってきた。 話をしたら、今夜の宿は細久手の大黒屋で同じ、と分かった。このあたりのコースを歩く人は、恵那から御嵩まで30キロを歩き通すか、細久手で一泊するしかない。 私たちは峠続きなので、恵那ー細久手の20キロと決めている。それでも大黒屋の女将さんからは「日が短いから、朝早くから歩きだしてください。」と念を押されている。 きっと、予約しても暗くなってから辿り着く人もいるのだろう。後で聞いたら、「歩けないから泊めて」と言われてしまうこともあるとか。 昼食後、びあいと坂を下り、曽根松坂を下ると阿波茶屋跡と三十三観音を祀った石窟に出た。石窟の格子の中を覗くと馬頭観音が(たぶん)三十三体納められていた。更に坂を下って行くと左手に尻冷やし地蔵がある。地蔵が水に浸かってお尻が冷えそうなのでこの名がついた、との説明だが、地蔵はお助け清水の二メートルくらい上方に祀られていて、ちっともお尻が冷えるようには見えない。 流されないように、お地蔵様を上のほうにあげたのだろうか。 中山道は舗装道路を横切り、斜めに上って行くと八丁坂の碑、南無観音菩薩の碑があり、坂を上りきると視界が開けて、茶畑が広がっていた。 山の神坂を上り、寺坂を下って行くと右手に石仏群、左手に大湫(おおくて)の宗昌寺がある。 |
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