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138義仲寺から逢坂山関跡の碑まで
2009 / 04 / 28 ( Tue )
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義仲寺から逢坂山関跡の碑まで
義仲寺からまた東海道を歩いて行くと、京阪電車の石場駅を右に見て踏切を越える。左手に福蔵寺、蹴鞠の神様の平野神社、西方寺がある。しばらく前からポツポツ雨が降ってきていたのがだんだんしっとりした降りになってきた。プリンターで印刷した8000分の1の地図がにじんでくる。
大津別院
やがて大津の中央大通りを横切ると右手に明治天皇大津行在所跡の碑のある、大津別院がある。そのまま、まっすぐ進んで行くと左手に「此付近露国皇太子遭難之地」という大津事件の碑がある。そろそろお昼にしよう、と浜大津の方へお店を探しに歩き、うどん店に入る。近所の人や常連の多そうなお店でかやくごはんとうどんのセットをいただいた。おうどんのおつゆがおいしくて、雨で冷えた体が温まった。
水引屋
また、東海道に戻っていくと、このあたり、通り沿いに古い和菓子屋さんや提灯屋さん、簾屋さん、水引専門店などが軒を連ねていて楽しい。間もなく京町の信号で京阪が路面電車として走っている西近江路の通りに出る。少し歩くと京阪電車が右手に分かれ、その先左手に大津宿の本陣跡がある。
道は緩やかな上り坂になり、東海道線の上を越える手前に妙光寺があり、線路を越えると右手に関蝉丸神社の下社がある。
逢坂山関跡の碑
やがて京阪電車が高架で道路の上を横切り、左手から国道1号線が合流してくる。ここで道路を横切ってここから先は国道の左手にある歩道を歩いて行く。交通量が多くて空気が悪い。緩やかな上り坂をゆっくりと上っていくと、名神高速道路が遥か上を通っているのが見える。右手に関蝉丸神社の上社があり、道が右手に大きくカーブしている先に弘法大師堂と常夜灯があり、その先の信号で道路の反対側に渡ったところに逢坂山関跡の碑がある。古来、歌に詠まれてきた逢坂山とはどれほどの難所かと思っていたが、実にあっけなく関まで来てしまった。ここまでの国道は山を切り開いていて、両側から山が迫っているので、おそらく昔は険しい山道だったのだろう。
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137 石山駅から義仲寺まで
2009 / 04 / 13 ( Mon )
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石山駅から義仲寺まで
松並木中山道通算36日目。いよいよ、今日が最終日となる。今日は中山道とはいってもすでに草津で東海道に合流しているので、実際はずっと東海道を歩くことになる。新幹線で京都につき、ホテルに荷物を預けてJRで石山駅まで戻る。中山道の地図だと東海道は駅ではなくガードを通過することになっているが、東海道の資料をいろいろ調べると石山駅のコンコースを通過することになっているので、駅の北口からスタート。うす曇で空気が少々冷たい。静かな道で、方々で桜がきれい。ミモザも満開であたりを明るくしている。
このあたりの地名は晴嵐で、近江八景のひとつ、粟津の晴嵐(松風)が地名の由来になっていて、今もところどころに松並木が残っている。街道の右手、粟津中学のあたりは昔湖岸だったらしい。膳所城勢多口総門跡の小ぶりな碑が道端にポツンとあり、街道らしい家もところどころにある。車も少なくて歩いていて気持ちがいい。

腰掛やがて京阪電車の踏切を越えると右手に若宮八幡神社がある。この神社、鳥居の後ろに立派な門がある!神社に門?不思議に思って説明を読むとこの門は膳所城の犬走門を移築したものだという。このあたり、街道は鍵の手になっていて何度か曲っている。妙福寺を過ぎてまた京阪電車の踏み切りを渡って行く。このあたりの昔ながらの家には表側に折りたたみの腰掛がある。ごく簡単なご近所との話やお茶はこの腰掛を広げてするのだろう。道はやがて黒い、素敵な佇まいの歯科に突き当たり左に曲る。このあたり標識が少ないがまた京阪の線路の手前、点滅の信号を右に曲りまばらな商店街を進んで行く。信号で左手を見ると膳所神社がある。ちょうどお宮参りの一家が鳥居の前で記念写真を撮っていた。神社の手前の川魚店では大人は世間話、ミニチュアダックスは日向ぼっこでのんびり。

用水にかかる桜また東海道に戻って進み、和田神社の先の三叉路を左手に曲る。響忍寺につきあたり、右手に曲ってお寺を回りこむように左手に道をとると、川に出る。ちょうど川沿いの桜が八分咲きくらいでとてもきれい。桜を見るとなんとなく、ほんわか、嬉しい。今日はこれからたくさん桜を見るだろうと思うと幸せな気分になる。

石坐(いわい)神社を過ぎて進んでいくと道が緩やかな鍵の手になり、右手に膳所城大津口総門跡の碑がある。ここから左手に寺院を見ながら歩いて行くと義仲寺がある。

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136 野路萩の玉川から石山駅まで
2009 / 03 / 29 ( Sun )
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野路萩の玉川から石山駅まで
めきゃべう玉川からさらに歩いて行くと道は左手に曲がり信号を越えて進んで行く。右手に「ここから大津市」の表示がある。しばらく歩くと信号のある交差点で目の前に大きなため池が見えてくる。この池が月輪池でこのあたりに立場があった。道なりに住宅地を歩いて行くと一里山一丁目の信号に出る。ここを越えて、一里山橋を渡り、歩いて行くとまた信号。ここにも一里山1丁目とある。??近接した信号が同じ名前??私の勘違いかも知れないが。こちらの一里山の信号の角には一里塚跡の碑がある。また信号を越えて住宅地を歩く。芽キャベツがにょっきり畑から伸び犬が日向ぼっこをし、生垣のような元気なローズマリーが花を咲かせている。
標識大江4丁目の信号をすぎて道なりにカーブして進むと右手に瀬田小学校があり、信号に出る。ここを左のはずだが、と標識を探すと・・・あった!電信柱の上のほうに「東海道←↓」の表示がある。いきなりあんな上・・・それとも、今まで下ばかり見ていたのでこの標識を見落として歩いてきた可能性もある・・としたら、たぶん大津市に入ったところからだろうか?
勧請縄標識に従って左にまっすぐ進んで行くと?民家の玄関先に勧請縄とみられる飾りを見つけた。形は違うが、やはり木の枝と縄で作られている。やっぱり、一般的な風習なのだろう。
信号をひとつこえた次の道を今度は右のはず、と高いところを探したら、あった!ちゃんと東海道と矢印の表示がついている。道なりに歩いていくと道路に突き当たり、中山道は左に曲がり高橋川を渡る。左手に桧山神社がある。行先、右手の五重塔くらいの高さの屋根が見える。こんなところに五重塔があるのかしら?と思って近づいたら、なんと、コンクリートの建物の上にお堂が載っている!見ていて奇異な感じがした。神領という交差点で今度は右に曲がるがここでは東海道の標識が見つからない。でも瀬田の唐橋を渡るにはこの道を行くので曲がる。

中国風の家角に「たにしあめ、でっちようかん」と昔ながらの立て看板がある。たにしあめ?しじみ最中のようにたにしの形をしているのだろうか??この道は大通で左手には街道らしい店舗が見える。なんとなく、全体の雰囲気が京都に近づいている感じがして嬉しい。瀬田の唐橋の手前には両側に大きな常夜灯がある。すでにこのあたりは交通量が多くて写真を撮るのにタイミングが難しい。唐橋からの眺めは曇天で空が低く、琵琶湖もかすんでいる。
中洲にはカラフルな瀬田の唐橋の説明板がある。残りの橋を渡り、唐橋西詰の信号を越えると左手に大正か昭和初め頃に建てられたような中国風の家がある。なんの表示も看板もないからたぶん個人の家なのだろうが、よく手入れされていて、面白い。
京阪電車の踏切を越え、鳥居川の信号で右に曲がる。角に明治天皇鳥居川小休所の碑が立っている。そのまま商店街をまっすぐ進み、国道の陸橋の下を通り、また京阪の踏切を越えて直進するとガードで東海道本線を越えるが、信号を左に折れて石山駅に出る。ここが今日のゴール。
がんばったので1時半前に到着した。ここから近江八幡まで電車で出て、タクシーで八幡堀に向い周辺を観光して京都に出て新幹線で帰った。3日間、今回は合計60キロのウォーキングになった。

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135 伊砂砂神社から野路の玉川まで
2009 / 03 / 29 ( Sun )
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伊砂砂神社から野路の玉川まで
伊砂砂神社のちいさな流れに架かる橋が伊砂砂橋。行円寺、光明寺と通り、JR草津駅から斜めにくる道を信号で渡って行くと、草津駅の正面から来る道との交差点に出る。この交差点から先、中山道は草津の商店街のアーケードの中を通って行く。やがてアーケードが切れて、天井川で地面よりずーっと上を流れている旧草津川の下を草津隧道で通り抜けると東海道との追分に出る。ここで中山道は鈴鹿峠を越えてきた東海道に合流し、ここから京都の三条大橋までは東海道となる。中山道69次のうち、草津、大津の2宿は中山道専用ではなく、東海道の宿場だった。
草津宿本陣さて、合流したすぐ先の右側に立派な草津宿本陣がある。堂々とした玄関には大名などが泊まる時に門に掲げる関札がずらりと並び草津宿の繁栄を偲ばせる。本陣の建物内は撮影禁止だったので写真は撮れなかったが、襖だけでなく壁や天井まで紺色の模様をすった厚い和紙を張り巡らした玄関や部屋、一段高くなった上段の間にさらに普通の畳の3倍くらいの厚さの畳が載せられていていかにも貴人が泊まった様子が伺えた。欄間、釘隠しなど京都が近いのだと思わせる造りだった。草津宿街道交流館を過ぎ町はずれになってきたら右側にちいさなちいさな和菓子屋さんがあったので和菓子を2種類買う。

造り酒屋道幅の広い交差点を渡ると立木神社が木々に囲まれて鎮座している。矢倉橋で草津川を渡って歩いて行くと造り酒屋古川酒造がある。そのさき、右手に瓢泉堂という瓢箪を扱うお店の表に矢橋道の道標がある。これはかって、うばがもちやの角にあったもの。やがて右手の稲荷神社を過ぎると矢倉南の信号で国道1号線に出る。ここから先はずっと住宅街を通り昼食をとるところはないので少し早目だが昼食を摂ることにし、レストランに入った。軽い食事を取りながら、午後のコースを再検討し、更にペースをあげてなんとか近江八幡に寄る時間を作ることにした。

一里塚
食後、中山道は矢倉南から脇道に入りると突き当りに大きな一里塚の立て看板があり、一里塚跡のある小公園がある。中を通り、道路を渡って住宅地に入って行く。すぐ右手の民家に平宗盛の子息の清宗の塚がある。その先に浄泉寺、神宮神社、願林寺があり、交差点を渡ると田畑の広がる中、右手に野路の萩の玉川の碑がある。

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134 守山から伊砂砂神社まで
2009 / 03 / 29 ( Sun )
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守山から伊砂砂神社まで
中山道通算35日目。今日は一日雨の予報なのでしっかり雨の準備をしてからホテルを出る。
外に出ると雨がポツポツ降り始めている。幸い駅までは殆どアーケードがあるので傘を差さずに彦根駅に到着。今日歩くには守山から石山の約15キロだけにして、午後近江八幡の商人町を見に行こうということになったので、まず近江八幡まで電車で行き、荷物をロッカーに入れ、また電車にのって守山へ。今回は3日間とも荷物を預けて歩いているので体が軽くて疲れにくい。
油や守山から歩きだしたが雨はポツポツ降ってはいるものの、傘を差すほどではないので、雨具のフードを被って10分ほど歩き中山道に到着。ここから昨日の続きを歩き始める。油屋の看板や民家の戸の造りが美しい。>民家造り酒屋、天満宮、交流館を過ぎると右手に道標があり、中山道は左に曲がる。すぐ右手に東門院がある。土橋を渡ると樹下神社と本像寺がある。ここまで歩いてふと気付いたのは、本陣跡、脇本陣跡などの表示がなかったこと。改めて守山のパンフレットを見直したがやはり記載がない。どこにあったか分からないほど街並みが変わったとは思えないのに実に不思議だ。(帰宅後数種類の資料を見たら造り酒屋が本陣と書いてあった。でもそれ以外にも本陣はあったり、脇本陣の表示もなかったのでやはり不思議)。気付いたらいつの間にか、雨は上がっていた。ラッキー!

今宿一里塚
今宿の信号を過ぎてしばらく歩くと右手にJAがある向いに今宿一里塚が片方残っている。閻魔堂前の信号を過ぎると左手に徳栄寺、諏訪神社があり、その向かいが十王寺(閻魔堂)がある。このあたりから中山道はほぼ一直線で大宝神社まで続いている。

大宝神社大宝神社の境内には芭蕉の句碑がある。また、石ではなく、木造の狛犬が2対ある、と読んだ記憶があったので探してみたが境内も広くて見つからない。諦めて中山道に戻ろう、としたら神職らしき人が社務所から出てきたので尋ねてみたら、重文の1対は京都の国立博物館に、もう1対は栗東歴史民族博物館に展示されているという。木造だから風雨に晒されたら傷むだろうな、と思っていたので見られないのにはがっかりしたものの安心した。残念に思いながら中山道に戻ろうと歩いていたら、先ほどの人が追いかけてきて、「パンフレットに写真があるからお持ちなさい」とパンフレットを渡してくれた。わざわざ追いかけてきてくれたのがうれしくてお礼をいい、パンフレットをしまい、また中山道を歩く。
すると、信号の名前が綣(へそ)。先ほど大宝神社境内の芭蕉句碑に「へそ」とあったのはこの地名を言ったのか、と納得しつつ、でも糸偏とはどういう意味だろう、と思ったら友人が「綣とは糸をまるめる意味」とガイドブックを読んでくれた。要するにこのあたりで糸を紡ぐことが盛んだったらしい。古い地名はいろいろなものを伝えているので、地域の大切な宝だと思う。この難しい地名を今も変えずに守っているのは嬉しい。
さて、中山道は栗東駅西口をすぎ、百々川橋を渡る。あたりには水仙と沈丁花の香りがただよう。木にはたわわにきんかんの実の濃い黄色や夏ミカンらしい薄い黄色。花園の信号を過ぎ少し道がくねっているところに八幡宮がある。葉山川橋の信号で左に折れ、東海道本線と草津線を潜るようにくぐる。くぐったら線路際まで戻り線路沿いの人ひとりやっと通れる道を行くと道路に出る。右手に「東海道⇔」と手作りの木の札がフェンスにくくりつけてある。歩道のある道を進み、陸橋の下を通って行くと左手に伊砂砂神社がある。

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