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中山道番外編2 (マップ17久下一里塚から熊谷まで 追補)
2008 / 07 / 14 ( Mon )
熊谷堤

歩いている時はさほど疑問に思わなくとも、地図を作成すると疑問がでてくることがよくある。
熊谷堤もそのひとつ。
熊谷堤
久下のあたりの堤防を歩いていて、いったい、熊谷堤とはどこだろう?江戸時代にはこのあたりだったはずなのだが?と探したのだが、どこにも説明板がなくてわからなかった。調べたら、江戸時代と現在では、川の流れが相当変化していて、江戸時代の堤は現在の熊谷駅に近い万平公園に一部だけ残っていることがわかったので見に行った。桜並木のつづく、風情のある堤防が100メートルくらい残されていた。こんな、素敵な堤だったら、旅人にとって、夏は日よけ、風の強い時には風除け、桜の季節は華やかで楽しい道だったのだろうな、とあの、川沿いの堤防の上を風にさらされて苦労したことを思い出してしまった。
元の記事と地図はこちら


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12:27:08 | 武州路 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
24 本庄宿から神保原まで
2008 / 01 / 26 ( Sat )
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本庄ー神保原
街中を歩くと、「創業ーー年」と江戸時代の年号が入っているのを時々目にする。保存されている田村本陣の門、明治時代の警察署の歴史民俗資料館がいい。金鐕神社(かなさな)までで、江戸時代の宿場は終わり。そこから先の道は今でも風景が町中とは異なっている。ところどころの神社などを見ながら進むと、浅間山古墳で日が暮れてしまった(1月だったので、日没が早かった)。夕暮れの中、ようやく泪橋の碑を探したが、地元の人たちも親切に応じてくれたものの、よく知らず、道端にあるのになかなか分らなかった。
神保原の駅にたどり着いたときにはすっかり日が暮れていた。
今日は、中山道を歩き始めて、初めて「がんばってください」と声をかけられて嬉しかった。
東海道でも静岡県くらいから、地元の人たちが親切で楽しかったが、中山道もいよいよ楽しくなりそうな気がする。


後日、本庄の郷土料理、つみっこを食べてみた。、地元の野菜や豚肉などもたっぷり入っていて、お汁がおいしく、全部食べてしまった。お勧め!お店によって味付けなども違い、コンクールもあるようだ。
つみっこのちらし  http://www.pref.saitama.lg.jp/A01/BQ00/vivi/pdf/4_5.pdf





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22:08:04 | 武州路 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
23 牧西八幡大神社から本庄宿まで
2008 / 01 / 26 ( Sat )
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牧西八幡大神社ー本庄

小川家長屋門は往時をしのばせる。また、その先の内野歯科も由緒はわからないが、旧家のたたずまい。道は田園風景の中、ところどころ庚申塔が点在する。天王様のあるあたりは傍示堂の地名なので、かってこのあたりに領分の堺を示す傍示標か何かがあったのだろう。国道17号線を渡ると、御堂坂のゆるやかな登り。中山道交差点から本庄の宿場に入る。本庄城址・八坂神社・城山稲荷(ケヤキが立派)に寄り道。 本庄のまちには、「まちの駅」というのがあって、この旗のあるお店などによると町の情報をくれるし、トイレも貸してくれる。郷土料理の「つみっこ」はすいとんだが、地元の野菜がたっぷり入っていておいしい。お店によって味は違うらしい。 まちの駅のひとつ、「まちあい館」に立ち寄ったが、とっても親切で楽しかった。

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21:20:59 | 武州路 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
22 岡部から牧西八幡大神社まで
2008 / 01 / 26 ( Sat )
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岡部ー牧西八幡大神社
島護産泰神社から、また中山道を進む。
街道から一本西の通りにそって、全昌寺、岡林寺、岡廼宮神社がある。
百庚申案内板のある細い道を右に曲り、坂を下っていく途中に百庚申がある。
このあたりは街道らしい雰囲気が残っている。
その先、17号線を横切って、滝岡橋で小山川を渡る。このあたり、旧道はなくなってしまっている。
道なりに進むと?地図と違う!
どうやら、このあたりは道路を整備中らしく、地図が現状と違っている。
太い道は右にカーブしているが、よく見るとまっすぐ進む道のガードレールに中山道の標識。
ほっとして、細い道を進む。
陸橋の下をくぐると、右手の階段にまた、中山道の標識。
階段をあがって、細い、細い道を行くと、道路に出た。
道を左にとって、藤田小学校を過ぎたところで、左手に牧西八幡大明神があった。
向かいが宝珠寺。

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21:07:49 | 武州路 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
21 深谷宿から岡部まで
2008 / 01 / 26 ( Sat )
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深谷ー岡部

深谷の信号を過ぎると、右手に本陣遺構の案内板があるが、今は見ることはできない。
そのすぐ先にある七つ桜の建物がいい。
中山道が左に曲がっているところが深谷宿のはずれの鍵の手で、常夜灯がある。
線路を渡り、清心寺へ。また、中山道に戻り、萱場稲荷、その先宿根の信号のところに瀧宮神社。
ここで、神社に沿った裏手の道をとって、またすぐ大通りに合流する。
街道をしばらく歩くと、左手に幕末の砲術家、高島秋帆幽閉の地の石碑がある。
そういえば、中山道初日に歩いた白山の大圓寺(ほうろく地蔵)にこの秋帆の墓があった。
この幽閉された場所が岡部藩の陣屋のあったところ(陣屋は城を構えられない小藩や、幕府領などで代官がいるところ)
この季節、どこでも深谷ねぎとブロッコリーが畑にできていて、葱のおいしそうな匂いがしている。
さらに街道を行くと、右手に普済寺。右手の道を行くと、岡部六弥太の墓。
ちょうど中山道歩きか、このあたりの史跡探訪のグループが大勢で写真を撮っていた。
先方がグループだと話をしにくい。
しばらく街道沿いに何もなく、進むと、右手に島護産泰神社。もともとは養蚕の神様らしい。
このあたりもレストランも何もないので、今日のお昼はここを右に曲がった、道の駅でお蕎麦にした。
量がたっぷり。

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20:32:40 | 武州路 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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